遥乃陽 blog

創作と改造のプライベートな趣味の世界

遣りたい事がたくさん! いつもバイオリズムとモチベーション次第。

五式中戦車(乙二型/チリオツニ)改造製作の前半(1/35)と越の国戦記(1945年11月)前編

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プラモデルの五式中戦車(1/35:ファインモールド製)を88mm戦車砲搭載仕様の乙型二に改造製作しています。

f:id:shannon-wakky:20171226212405j:plain製作工程は、プラバンを切り張りして合わせ、どうにか形にしてホワイトサーフェイスまで進みました。残りの工程は、市松迷彩塗装とウエザーリングだけですが、これが結構手間で時間が掛かりますf:id:shannon-wakky:20171226212219j:plain

五式中戦車を乙型二の改造へと至らせたのは、手前勝手な改造設定ストーリーの越の国戦記でした。
尚、五式中戦車乙型二という試作量産タイプは実在していません。

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※ 越の国戦記(1945年11月)前編(改造設定ストーリー)

今年は残暑が長引いて、10月初めの暑さが何時までも続き、晩秋の訪れが一向に来ない11月初頭の早朝の静寂と夢見のまどろみは、突如として始まったドロドロと遠雷のように轟く艦砲射撃と群れ飛ぶ蝿のような空襲の爆音で破られた。
アメリカ艦隊の接近が深夜未明に伝えられていたが、暁に砲撃してくるとは思わずに仮眠をしていた。
直ぐに脇に置いていた双眼鏡を掴んで飛び起きて敵情を視認する。
水平線上に5隻の敵戦艦が連なり、チカチカと発砲の光りが見えていた。
敵の航空母艦や上陸部隊の船舶は水平線の向こう側で姿が見えない。
砲撃を受けているのは、宮腰の漁村、大野の湊町、粟ヶ崎から内灘の砂丘で、盛んに土砂と炎が舞い上がっている。
アメリカ軍は、軍都『金沢』への最短距離の海岸に上陸しようとしていた。

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『ガオォォォーッ!』
突然、頭上に大音響が響いて辺りを振るわせ、思わず身を竦めてしまう。
見上げると、次々と後方の三小牛山から射出された桜花が、甲高い轟音を響かせながらロケット燃焼の長いオレンジ色の炎を輝かせて突入高度と飛距離を得る為に上昇して行く。
もの凄い速度で上昇しながら、桜花は水平線上に見える敵の戦艦や航空母艦へ一直線に向かっている。
ロケットを燃焼させて飛べば、絶対に生きては戻れない神風特攻と理解していても、その力強い轟きと格好良い真っ直ぐな潔さに、畏れの戦慄で全身に寒イボが立ち、自分もと憤ってしまう。
泉野の高台の竹林際で自分が指揮する五式中戦車の砲塔の上に立ち、双眼鏡で飛び去る桜花を追った。
海岸線を越えて海上へ出た辺りで小さな粒で輝いていたロケットの炎が消えて、はっきりした黒点の微粒子に一瞬だけ見えた後は薄い青色の空に吸い込まれたように、全く見えなくなった。
そして、遠ざかって小さくなったロケットの響きがピタッと聞こえなくなった瞬間に、水平線で主砲を斉射し続けていた敵戦艦の中央に主砲の発砲炎よりも大きく閃光が光った。
優に20km近く離れている遠目にも、側舷の対空砲列が飛び散り、煙突と艦橋が傾いたように見えると、直ぐにもうもうと噴き出す黒煙に船体全体が包まれながら、敵戦艦が沈んで行くのを知った。
すぅーと艦橋が真横近くに傾いて水平線に没しようとした時、突然に真っ白い水煙を高々と上げる大爆発が起きて、5分程前まで盛んに艦砲射撃をしていた敵戦艦は完全に沈没してしまった。
それは、正に身の毛が弥立つような素晴らしい轟沈で、その戦慄に全身がブルブルと暫し震えていた。
更に後方に並んで艦砲射撃をしていた戦艦は船尾に閃光が眩しく光り、射撃中の後部砲塔が持ち上げられていたが、今は船尾が沈みかけている。
後部砲塔近くに命中した桜花は弾薬庫の誘爆を招いた。
大爆発で船尾を失った後続の戦艦は大破して、沈まなくても大修理で戦力外になるだろう。
続いて、水平線の向こうに大きな炎の塊が上がっていた。
その位置からして、艦載機を発艦していた航空母艦だと判断した。
その航空母艦も飛行甲板を破壊されたのならば、もう航空戦力として用を成さない。

艦砲射撃と空爆がピタリと止み、風に戦ぐ竹林のざわめく梢の音だけが聞こえている。
桜花の突入を免れた三隻の戦艦は、水平線の彼方へと姿を消し、桜花の後続圏外へと逃れて行った。
恐らくこれで、今日の上陸は決行されないと思うが、占領された何処かの飛行場から飛来する爆撃機によって、三子牛山は繰り返えし爆撃されるだろう。

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昭和20年11月3日

三小牛山のカタパルトから射出されて敵主力艦に突入したそれらは、僅か1分にも満たない極短時間の飛翔で起きた人間を誘導装置にした音速爆弾『桜花』の無情の結末だった。
この戦場になっている金沢市が在る北陸地方では、満開の桜は四月の入学式の頃だ。
三月の卒業式で散る表日本の桜とは違う。
誰が名付けたのか知らないが、桜花が曼殊沙華のような不吉な花にならないよう願いたい。

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昭和20年8月14日
深夜に巷で本土決戦と叫ばれている決号作戦が御前会議で決定されたと、大本営の発表が音量を絞ったラジオのスピーカーから流れた。
元寇の再来のように神州に上陸する連合軍を吹き荒れる本土決戦の神風で、必ず撃滅させるという機運は世間で当たり前だったから、『何を改めて大本営発表などと、仰々しくするのだ?』と思っていた。
8月16日、新型戦車の車長の任と防衛地の移動を命じられる為に出頭した相模原の司令部で聞こえて来た噂は、停戦、いや無条件降伏を受諾する旨の天皇陛下の御声を録音したレコード盤が蜂起した近衛師団によって奪われて、8月15日の正午に予定していた玉音放送は未然に防がれたらしいという内容だった。
近衛師団のクーデターは宮城事件と呼ばれて、詳細は秘匿されていたが、実はレコード盤の押収に失敗しているらしい。
そして、その録音盤は、侍従長が常に天皇陛下の御傍に留め置くようにしているそうだ。
無条件降伏の玉音放送と知った時には、『陛下は大和臣民を、どのようにされる御積もりなのか?』と司令部の壁を渾身の拳で殴り付けて、激しく憤っていたが、兵舎へ戻る途中で上空の青空を地上の獲物を狙う猛禽類のように乱舞するアメリカ軍機を見て思う。

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(立川の陸軍機も、厚木の海軍機も、全く飛び上がっていない!)

(迎撃する味方機は一機も見当たらない!)

(帝都や周辺の関東の都市は、既に数度の絨毯爆撃で荒廃して焼け野原だ!)

(本土の主要な都市も、全て爆撃されて帝都と変わらない有様だ)

(港湾は機雷だらけで、軍艦も、漁船も、水運も、自由に動けない)

(瓦礫になった大工場の設備は、空襲前に山間の洞窟や田舎の農家の納屋に疎開している)

(食べる物も少なくて、配給品の種類も、量も、日毎に減っている)

(今度の冬は、寒さと餓えで大勢の日本人が死ぬだろう)

(それに、まだ広島と長崎の市街地の全てを一瞬で潰して灰燼と化した新型爆弾が落ちて、大きな都市が次々と消滅して行くかも知れない)

(あらゆる兵器の性能は連合軍の方が優れているし、数も凄く多い)

(起死回生を期待する天誅兵器が完成しても少ない数で、局地的には勝利しても、戦局を覆すには全く至らないと思う)

本当に徹底抗戦する意味が有るのかと、戦闘帽の下に日の丸の鉢巻を締めた頭がグラつく。

(人類の起源的に肉食獣ルーツの白人種より、猿人直系の黄色人種の日本人が古代から優れている事を証明しなければならない)

(絶対に、東洋人なんて人間以下の黄色い猿としか思い扱う鬼畜米英に、焼印を刻むような一矢を報いなければ、自決も、降伏も、出来ない!)
(今は、宮城事件で陛下の玉音放送は防止されたが、いずれ全ての日本国民に聞かせなければならない事態になるだろう)

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新開発の五式中戦車乙型二の試作量産車6輌で編成した梯団の長になり、その1輌の車長を兼ねて既に赴任地へ移動しているはずなのが、製作した試作車輌と部材を陸軍技術研究所が引き渡しを渋った為に二週間も遅れている。
開発計画の試作で搭載した45口径の五式7.5cm戦車砲は全て四式中戦車へ搭載される事が決定されて、砲塔は主砲が外されたままだ。
説明会と討論会で五式の開発は違う工廠で再開されると伝えられて、速やかに移設の命令書も渡されているのに渋っていたのは、軍人特有の悪しき慣習の面子への拘りだった。
その面子への拘りが戦局を本土決戦まで追い詰めさせているのに、内地の幹部軍人達には、其処へ至る考えも、自責の反省も、全く無なかった!

二週間前の8月1日に川崎の三菱重工業の東京機器製作所で、『試作量産車輌製作の為の開発引継ぎ説明会』が行われた。
それに自分は参加していて、その後に続いて始まった『開発項目の要求見直し検討会』も聴いていた。

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7月2日にアメリカ軍が作戦終了を宣言して占領された沖縄本島から、6月23日に自決した牛島司令官の命を受けて脱出を図り、一時はアメリカ兵の捕虜になるが、暗夜に脱走して魚民の小船を乗り継いで本土に帰還した第32軍の高級参報である八原博通大佐と、餓えに苦しみながら後退の激戦を繰り返すビルマ方面軍の作戦方針に当初から批判的で、戦況の詳細報告を理由に輸送機で左遷的に内地へ戻された第28軍主任参謀の福富繁中佐が、7月末日から五式中戦車開発室へ加わって強く要求した、より現実的要求に沿う実戦的な機動力、防御力、戦闘力を備える事になった。

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5月末日で一旦中止になった五式中戦車の開発は、中佐に換わって八原博通大佐を長、福富繁中佐を補佐に8月初日から再開される事になった。
二人は五式中戦車の開発の再開に先立ち、開発に携わる職員と将兵を工場の食堂に集合させて、先ず最初に福富繁中佐が、研究染みていた五式の開発に苦言した。
『広島と長崎を壊滅させた新型爆弾が次に落とされるのを待つだけの、沖縄を占領したアメリカ軍が、いつ本土へ侵攻して来るか分からないこの切迫した状況の今、たかだか10kg程度の砲弾を砲尾に込めるのに、作動や強度に多くの問題が発生して、解決に難儀している自動装填装置は、本当に、どうしても必要なのかあ?』
『同じ75mm口径の高射砲を改造した戦車砲を搭載するのに、四式中戦車は左側から装填して、五式中戦車は自動装填装置のトレーに乗せる為に、装填手は右側に居る。それに伴い、車長が指揮を執る司令塔の位置も反対だ!』
『こんな不合理な構造を、誰が立案したあ?』
『二年前の〝五式中戦車を開発するにあたっての設計に関する詳細研究会〟では、四式中戦車よりも更に大きな物が必要とされた。なのに、違いは確かに大きくなった車体と砲塔と重量だけだ!』
『搭載する砲は、自動装弾機が有るか、無いかで、口径75mmの同じ砲だ!』
『弾薬も同じだから、威力も一緒だ!』
『装甲の厚みも同じだ……』
『このまま、戦闘に投入されても、四式中戦車以上に戦えるとは思わない』
『我々が求めるのは、こんな紛い物の五式ではないぞ!』
『砲塔に配される車長、砲手、装填手は、砲手を除いて作業位置が反対側で、共通性が無い! 九七式改、一式、三式、四式と乗員の配置は同じなのに、五式だけが違う!』
『全く無駄な開発思考だ!』
『日本人の利き手は右手だ! 左手で砲弾の先端を支えて向きを定め、右手を拳にして押し込むのが、作業的に余計な力や姿勢を強いられずに、円滑で敏捷な動きが出来るから疲れ難いのだぞ!』
『此処に75mm砲弾よりも大きくて重い、8cm高射砲の砲弾を持って来た。口径は88mmで、重さが14kgある』
そう言うと、従卒の下士官が運んで床に置いていた砲弾を、屈んで腰の高さまで持ち上げながら立ち、それから直角に向きを変え、更に胸の高さに上げてから両手で頭上に高々と掲げた。
88mm砲弾は一呼吸の間、重量挙げ選手のように掲げてから、静かに床に置いた。
中佐は、この動作を十回繰り返した後、フラ付く足を懸命に堪えながら、大きく肩を上下させる粗い呼吸に途切れ勝ちの大声で、集まった全員へ其の身をもっての喝を入れた。
『……俺は、先月で45歳になった……。もう…… 壮年の域で息は上がってしまうが、……今のようにできる……』
『俺よりも、……ずっと若い、屈強な体格と不撓不屈な精神を鍛錬した装填手は、……もっと、易々と早く、出来るはずだ……』
『装填手になる者は……、旨い物を沢山食べてぇ……、俺よりも体力と腕力を付けろ!』
『それとぉ、……ギックリ腰にならないように、……腰と背筋も鍛えよ!』
従卒が持って来た茶碗の水を飲み干して中佐は呼吸を整えると、言葉を続けた。
『開発当初の項目に、装甲板は接合部を可能な限り無くして1枚物にすると有ったが、小窓や覗きのスリットやピストルポートの開孔部を増やして、弱点を作るなんて本末転倒だな!』
『また、砲塔側面や車体側面の装甲板が大き過ぎて、鋼板の反りを修正できないなら、加熱処理で内部応力を無くして反りが除去できる、機械のベッドサイズに合わせた大きさに分割すれば、良いだけの事だろう』
『戦局は本当に切迫しとるんだ! そんな、詰まらん事で悩んでいる暇はない!』
『アメリカ軍が上陸して此処を占領してしまえば、それまでの研究や開発は、全て無駄になってしまう』
『だから、一刻も早く、従来の技術を用いて、出来る限りに確実な方法で、強力な五式中戦車を完成させるんだ!』
『幸い、大型戦車の開発は、150tもの超重戦車のオイ車の経験が有る。それしか無いと言う奴もいるが、全く無くて、鋼材や構造をゼロから研究開発のとは、雲泥の差だろう』
『ゼロからよりも、遥かに五式に応用できる技術が有るんじゃないのかと、俺は思う。 以上!』
そう言って福富中佐は、深々と腰を直角に折る御辞儀をして、熱弁を締め括った。

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次に開発長となった八原博通大佐が、秘密裏に進められている現状と今後すべき事を語った。
『五日前に内定を賜って、開発資料の全てを閲覧させて頂いた。開発の再開は5輌の試作量産車を製作する事と、現在、御殿場の倉庫に保管されている1輌の試作完成車を、試作量産車に準ずる改造を施す事です』
『試作量産車は、今ほど、福富中佐が御話された、現状でただちに出来る事を行い、副砲の37mm砲を廃し、車体前面の装甲板の傾斜を大きくして、更に砲塔前面部と共に厚みを25mm増やして100mm厚とします』
『搭載する主砲は、四式と同じ75mm砲では、現状を凌駕する威力が不足すると考え、九十九式8cm高射砲を改造した88mm砲に決定しました。それに伴い、砲塔容積を増やす為に、少し形状を変更して大きくします』
『88mmは、自動装弾機を付属しない、人力装填とします。』
『搭乗員配置は、後方から見て四式と同じで、五名となりますが、砲手は車長と同じ右側とし、主砲の弾薬を扱う装填手の動作の邪魔にならぬようにします』
『同軸機銃は右側なので、弾倉交換は砲手が行います』
『今、話した事は五式の開発中止後に、ここに列席している幹部達が参加して行われた、開発項目の見直し検討会で決定した事です』
『これらの製造に関わる、資材、兵器、設計、製作は、既に、内定と本日の開発再開を見越して、北陸にいる知人が社長の大工場で、必要部材の集積を含めて急ピッチで進められています。勿論、閲覧していただいている全ての開発計画の資料の説明をした大本営からの許可を得てです』
『なぜ、帝都が在る関東ではなくて、日本海側の北陸なのかは、敵上陸と空爆の脅威が太平洋側よりも少ないからです。天皇陛下を御守りしないのかとの責めには、陛下の御身の安全を保てる安心できる事情が有るとしか、今は言えません』
『そういった事情なので、この工場に有る五式の製作に必要な、工作機械、冶具、部材に部材、資料、そして、一番肝心な貴方達は、三日後の夜間に鉄道で北陸へ移送しますから、施設の機材と御自身の引越しの準備を、この後直ぐに始めて下さい』
『そして、6輌全車の完成を九月二十日とし、その全力をもって、日本を完全占領しようと侵攻するアメリカ軍に、絶対に一矢も、二矢も報いて、散々慌てふかめかせて遣りましょう』
『その時を儂は想像します。敵の先頭のシャーマン戦車を射貫いて、後続の戦車隊を停止させてから、最後尾を火達磨にして、挟まれたシャーマン戦車を五式の88mm砲が次々と撃破して行く。だが、シャーマン戦車が放った75mm徹甲弾は、五式の前面装甲を貫通できずに、全て弾かれてしまう』
『撃たれても、撃たれても、平気で撃ち返して来る五式に、きっとヤンキーどもは仰天するぞぉ! そして、自分達の装甲が射貫かれて、砕かれる身体と炎に焼かれる恐怖で、震え上がるに違いない!』
『我々が唇を噛み切るほど、悔しがった絶望を、敵シャーマン戦車の乗員が味わうのだ。それは、なんと清々しくも痛快で、なんて晴れ晴れとした喜びだろうなぁ、諸君!』
その言葉に全員の思いを鼓舞いして、血気を盛んにさせた。
『おおっー!!』
『尚、88mm砲搭載型の五式中戦車の名称は『五式中戦車乙二型』、秘匿呼称は『チリオツニ』に決定されました』
開発長、八原大佐の優しい口調ながらも、現実的な檄に各自が『遣れる!』と奮い立たされながらも、
この食糧難の御時世、何だか、御膳にチリ鍋とモツ煮が並べられたような秘匿名称に、其の場の全員が楽しげに早く食べてみたいと気に入っていた。

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更に我が軍の戦車の主砲に貫穿力が無い事を憂いて、ビルマ戦線に着任当初、鹵獲したイギリス軍のM3軽戦車へ実弾標的射撃を行い、その結果が非常に絶望的だと嘆いて、一刻も早い強力な戦車砲の開発を訴えた第1戦車連隊長の向田宗彦大佐も出席していた。
『我が方の戦車が敵戦車の砲弾で一撃に破壊されてしまうが、我が方の戦車砲弾は全弾命中すれども、悉く弾き返されるのを、散々見て来た』
『この惨めさを逆転させずに、恥辱を晴らさずに、何が一矢を報いるのだ!』
『これから我々が開発を完了する『チリオツニ』は、必ず一矢を報いる強力な戦車砲を備えた兵器だと、私は確信している!』

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戦闘継続性を高める為の発煙弾の効果を理解して、標準装備の必要性を意見して発煙量を増大した新型発煙弾の開発を進めていた、陸軍大学教官の小林修二郎大佐や研究部の外山尚孝少佐と野口剛一少佐が加わり、開発資材や装備兵器の確保と製作場所の工廠の手配など、より現実的に再開発は加速していた。
『砲塔の両側面の最後部に3連発の発炎筒発射機を備えます』
『新開発した直径90mmの大きな発炎筒で、発煙の量と濃度は従来よりも格段に多く、瞬間的に目隠しをします』
『適切に使用されれば、生存性が上がり、何度でも敵に悟られずに守備位置を変更して攻撃出来ます』

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『チリオツニ』の再開発に参与として名簿の筆頭に来て、一切の責任を負うのは、井上芳佐中将だ。
盧溝橋で対峙していた日本軍と中国軍が昭和12年7月に衝突して、沈静化していた戦闘を大きく再燃させ、そして支那事変が始まった。
その年の3月に中将は、ヨーロッパ諸国の機動兵力の視察から戻り、当初の報告から「対戦車戦闘の最良の手段は、対戦車威力を有する砲を装備した戦車で有る」と、説いていた。
『今年の2月に本土決戦準備が発動されて、新たな戦車隊戦闘教令が編纂された』
『現時点で、地上に於ける戦車隊の最大の敵は、アメリカ軍のM4戦車だが、その正面装甲は、九五式の37mm砲や九七式の57mm砲では全く効果が無く、側面や後面にも、ただの開門願いにしかならない』
『高初速の九七式改の47mm砲でも、正面装甲の貫穿は無理だ!』
『正面戦闘では、有効射程まで引き付ける迎撃戦法で射貫できるのは、口径75mmの九十式野砲だけだが、それも100mの近距離以内だ』
『だから、伏兵的迎撃戦法を行う事とし、正面攻撃はせずに、M4戦車を遣り過ごしてからの極接近で、弱点の開口部分を狙う』
『このように、強力な敵戦車へは弱点射撃を推奨しているのに、今の五式試作中戦車には、弱点となる開口部が多過ぎだろう』
『まったく、期待される新開発の戦車に、その弱点を多く配置するとは嘆かわしい!』
『それらを省けば、資材も、工程も、労力も少なくして、時間を短縮できるだろう』

『本土決戦が避けられない今、此処に居る全員で五式中戦車乙二型の開発を、必ず50日後の9月20日までに成し遂げなければならい!』
『もし、何らかの事態で遅れても、最大で9月末日が限界だ』
『10月まで遅れると、調整や訓練を踏まえると実戦に間に合わなくなるだろう』
『チリオツニの試作量産車の製作は、八原大佐が述べた通り、既に始まっている』
『だから、本日の説明会の集まりは決起大会でもある!』
『それと、このチリオツニの件は、スパイ行為の防諜と増えている厭戦の妨害行為を避ける為に外部へ他言無用の気密扱いとする』
『一同! 状況は絶望的な湊川だが、心は智力を尽くす楠正成だ!』
『おおーっ!』
五式中戦車乙型二の再開発と試作量産の総責任者である井上芳佐中将の激に、再び工場現場の一角に集った全員が奮励努力の強い意思の大声で応え、その鬨の声が工廠中に響き渡った。

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自分は、滋賀県高島郡朽木村畑の出身の帝国陸軍中尉、邑織(むらおり)染二郎。
山頂まで棚田にした林業と絹糸作りで辛うじて生業を立てている山間の貧村から、昭和10年の春に赤紙で召集されて以来、歩兵第16師団の野戦砲兵隊で従軍して一兵卒から少尉まで昇進した叩き上げの士官だ。

昨年10月20日過ぎから12月までレイテ島の東岸から西岸へ後退しながら、たった1門の機動九十式野砲でアメリカ軍と死闘を繰り返し、シャーマン戦車5輌を葬ったところで砲は破壊され、部下の兵士は全員、戦死か行方不明になってしまった。
其の後は、『撤収作戦が有るから西海岸まで撤退しろ』との命令に、大急ぎで北西海岸のタバンゴの集落まで後退した。
年の瀬の夕方に撤収する海軍高官御一行様をタバンゴの沖合まで迎えに来た哨戒艇に便乗して、夜通しの全速航行でビザヤ海からミンドロ海峡を抜けた。
そこから更に南沙諸島、西沙諸島と島伝いに南支那海を北上して、海南島に無事に着けたのは今年の1月中頃だった。
海南島の海軍三亜飛行場でレイテ島からの撤収を師団司令部へ報告した三日後、帝都の大本営から『関東相模原の陸軍技術研究所へ出頭しろ』との命令が無線で届いた。
この大本営命令によって、ただちに輸送機の搭乗席が用意され、香港、廈門、上海、済州島、厚木と双発の輸送機を乗り継いで、2月1日には研究所司令部へ出頭できた。
そこで、新たな命令の砲兵から戦車兵への転属を言い渡され、富士の戦車兵学校で2ヵ月間の実技修練を受けた。
実技修練の卒業後に中尉への昇進が有り、おって命令が有るまで実戦経験を活かした指導教育をして欲しいとの事で、教官を勤めていた。
そして本日、新たな命令受領に出向いた司令部で、新型戦車の車長を兼ねた戦車小隊の隊長に任命された。

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車長に任命された新型戦車は、五式中戦車と呼ばれて一式中戦車の倍ほどの大きさが有る。
主砲の75mm戦車砲は、四式中戦車へ優先取り付けされる為に備わっていない。
車長への任命と共に受領した命令は、主砲の搭載を除いて完成している試作車輌を、

『東海地方一帯に散らばる生産設備及び用意されていた資材と共に、北陸の小松製作所へ速やかに移動せよ』

だった。
設備や資材の移送は既に始まっていて、移送の殿になる試作1号車も、試作量産される5輌の仕様に合わせる改造の組み込み部品や予備部品と共に無蓋貨車に載せられ、昼間はトンネルや上空擬装された切り通しに隠れて夜間のみ、五日間も掛けて移される。
小松製作所は、北陸地方(古代は越の国と呼ばれて大和朝廷の主権が及ばなかった地域だ)の昭和15年に市政に昇格した石川県小松市に在る。
移送先の小松製作所は、小松駅の東側に本社の小松工場、一つ南側の粟津駅の北側に粟津工場、小松市と粟津町の間に今江工場、そして福井県の敦賀市の駅の南隣接地に敦賀工場が在った。
本社の小松工場は鉄道の引込み線が何本も有る近代的で大きな工廠だ。
広大な敷地に高くて長大な工場が8棟と倉庫や管理棟が20以上も建ち並び、大騒音を響かせながら6本の50m以上もある高い煙突からモクモクと黒煙を上げてフル操業をしているのに、全く敵の攻撃を受けていなくて無傷なのには、とても驚いた。
第九師団司令部の在る金沢市は陸軍の軍都だが、主力が外地へ出兵している現在は1個中隊が留守部隊として居残りさせられている。
僅か中隊規模の兵隊しかいないが、それでも軍都金沢は圧倒的に陸軍の兵隊を多く見掛けた。
小松製作所は海軍航空隊の神雷部隊が居る小松飛行場に隣接する小松市は海軍の軍都とされ、その生産設備の七割で海軍の兵器と部材と弾薬を生産している。

陸海軍の軍需工場の指定を受けているが、運営は背広を軍服に替えただけの経営陣に任されて、順調に規模を拡大させていた。
再度の徴兵を受けていない年輩の熟練工が多く、効率の良い作業体制で多種類の兵器が製造されていた。
年輩の男子工員に混じって十代の多くの若い女子挺身隊員が精密工作機械を操作していて、
『彼女達は関東の中島飛行機武蔵工場へ送られていたけれど、爆撃で工場が破壊されて戻って来ました。連日の爆撃で十数名の犠牲者が出ましたから、次の派遣先が決まる前に戻したのですよ。全員、飛行機のエンジン部品の製作担当だったから、1ミクロンの精度の加工も出来る1級の熟練工達ですよ。おかげで、チリオツニの製作も捗っています』
と、哀憐と頼もしさが宿った眼差しで彼女達を見る工場長に説明された。

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小松工場と粟津工場の作業棟は、3年前に横須賀市が侵入したアメリカの双発爆撃機によって空襲されてから、日光の明り取りの凸凹な屋根を平らにして土を巻き、低木と草を植えた対空擬装が施された。
敷地内の作業に直接関係しない広場や運動場は開墾されて畑にされているし、畑や家屋の周囲にも成長の早い竹やニセアカシアなどが林のように植えられている。
『上空からは牧草地のようにしか見えなくて、危うく不時着地に指定するところだった』と、神雷航空隊の士官が擬装の自然さに感心していた。
そんな入念な擬装に加え、富山県や福井県の方向から接近する敵機が発見されると、警報のサイレンと共に田畑で草木を燻した煙幕が張られて、小松市街と工場群、それに飛行場も上空から隠された。
小松工場は戦闘艦の大口径の砲弾を作る水圧プレス機械など、海軍向けの工作機械や兵器の製造が主だが、マンガン鋼の履帯や不整地用車両などの陸軍向けの兵器製造を行い、陸軍の軍人も多く出入りしていた。
海軍の口径46cm砲を三連装にした砲塔を三基装備した大戦艦の砲弾も、プレス機械は此処で製作して呉市の海軍工廠へ納めたと、工場長が『こんな御時世になりましたから、話しますけれど』と自慢気に話してくれた。
確かに、見た事も無い大型のプレス機械が並んで、バンバンと轟音と振動を響かせて大砲や戦車の部品を製造していた。
今江工場は陸軍の飛行機部品で、粟津工場は海軍の飛行機部品を製造して周辺地域には協力会社が多く、滑走テストを行う為の短い滑走路も敷地内に備えている。
高速偵察機『彩雲』の風防枠を製作している小松市の大領中町に在る小松航空機製作所も海軍御用達の会社で、今後の北陸三県の防衛体制は粟津工場でロールアウトする『彩雲』の偵察能力に懸かっているそうだ。
両工場ではブルドーザーとトラクタも製作していて、海岸の砂丘地帯に造成された海軍小松飛行場や各工場の拡張に使用され、各方面の防衛陣地の構築にも活躍中だ。
敦賀工場も海軍向けの鋳造部品の製作を行う為に昨年に完成したが、6月25日、7月12日、7月30日、8月8日と続いたB29爆撃機100機から単機、及び戦闘爆撃機2編隊による焼夷弾と機雷と銃撃で、市街地と港湾施設は壊滅して仕舞い、今は開店休業状態になっている。
小松市から北に40km離れた県庁所在地の金沢市は、五式中戦車が完成次第に守備を命じられていた場所だ。
歩兵第九師団の司令部が在る軍都だが、市内の野町に大きな町工場程度の絹布動力織物機械と卓上工作機械を製作する津田駒が、金沢市の北には繰糸機とベアリングを製作する海軍御用達の石川製作所が存在するくらいで、他には飛行機部品や自動車部品を作る小規模な会社が幾つか存在する程度で、とても工業都市とは言い難かった。
現状は、金沢市に駐屯する陸軍歩兵第七連隊などの師団主力が、守備任務に向かった沖縄から台湾の防衛へ移動させられていて、今は司令部の留守機能のみしか残っていない。
こんな侘しい産業の軍事施設も僅かな、軍需的にも、兵力的にも、戦略な価値の無い金沢市など、新型戦車を投入して防衛するに値するか疑問だった。

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試作車の砲塔は相模原の第4陸軍技術研究所で、車体は川崎市鹿島田の三菱重工業東京機器製作所で、クラッチやミッションの駆動系も三菱で製作された。
エンジンは出力不足で現用機には不適格になった航空機用エンジンを転用する事になり、倉庫に眠る在庫と飛べない旧式機から外したエンジンを、ただ空気を速く掻き回すだけから地ベタを這い回れるトルクパワーへ調整された。
主砲は4式7.5cm高射砲の砲身を流用して半自動装填機も取り付けた戦車砲が、大阪陸軍造兵廠で試作されていた。
正式名称を五式7.5cm戦車砲として完成した主砲は試作車輌に搭載されて、3月下旬から射撃と走行テストが御殿場の富士裾野演習場で連日行われた。
其の後、テストで搭載した戦車砲は、量産化を優先すると決定された四式中戦車へ移され、同時に今後完成した五式7.5cm戦車砲は、全て四式中戦車に搭載すると通達が有った。
主砲が外された砲塔を載せた車体は、新たな戦車砲が決定しないまま、演習場近くの駒門廠舎内に隠されていた。

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決定された、たった5輌の試作量産に使う資材と既に製作して各種試験を行った1号試作車を試作量産の仕様へ改造する為に、8月15日の夕刻から御殿場駅の貨物ヤードで重量物用平床貨車に積載されて始まった鉄道移送は、通過した灯火管制が布かれた夜間でも、資材を満載した貨車を連結する為に停車した各都市、沼津 ⇒ 静岡 ⇒ 焼津 ⇒ 浜松 ⇒ 豊川 ⇒ 豊橋 ⇒ 名古屋 ⇒ 岐阜 ⇒ 大垣 ⇒ 米原 ⇒ 敦賀 ⇒ 福井と、路線が東海道本線から北陸本線へと切り替わる滋賀県の米原の町以外は空爆や艦砲射撃による惨状が、月明かりや星明りに見えて、一億総玉砕と叫ばれる本土決戦が如何に困難を極めるかを心底察した。
当初は三昼夜の予定で開始された移送は、空爆で抉られた線路の修復と、破壊された列車の除去に手間取り、更に敦賀から武生への山中峠越えがD51機関車の重連結による牽引でも、連結した重量物貨車を分けなければスイッチバックの繰り返す急勾配を通過できず、その慎重さと低速故に目的地の小松市への到着が二昼夜も遅くなってしまった。
驚いた事に峠を下る反対側の斜面からは朝日が昇った昼間も走り、今庄駅の待機線や武生駅の貨物ヤードでの再連結も白昼どうどうと行われた。
『おい、防空担当によって、対空警戒はされているようだが、今日は晴天で上空から丸見えだ! 蒸気機関車の煙突からも煙が上がっている! 敵機に見付かったら、爆撃と銃撃を食らうぞ! 危なくないのか?』
その余りの無警戒ぶりに、日陰で屯して煙草を吸いながら雑談をしている国鉄職員達に注意を促した。
『そうや、中尉さん。なあんも無い田舎やしねぇ。ここら辺は空母の艦載機やと遠過ぎて、飛んで来れんがやわ』
『来られる近さで、酷い目におうとる敦賀は別やけど、来るんは、福井と富山を灰にしやがったB29だけやわ。ほやけど、あれっきりやし。ほやから、もう目ぼしい的が無うなった、こんな田舎は爆撃に来る価値も無いがやろ』

たぶん、福井弁だと思う語尾が特徴的な北陸訛りで、峠越えを重連で牽引して北陸本線も引き継いで走る事になったD51の機関士と車掌が、攻撃する価値も無い辺鄙な田舎だからという意味らしい説明をしてくれた。

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小松製作所の本社でもある小松工場には、国鉄職員達が言っていたように空襲を全く受けずに予定通りの8月20日の昼過ぎの白昼に到着した。
直ちに積載貨物の1号試作車と部材や工作機械が手際よく降ろされ、所定の加工組立の部署へと運ばれて行った。

通過した東海道本線沿線の大中都市の全て、北陸本線でも福井県の敦賀市と福井市が焼夷弾空襲で市街の殆どが焼け落ちていたし、更に軍需工場が多い富山市は市街地を狙われて、無差別殺戮の被害は甚大だと知らされていたから、海軍の飛行場が在り、軍需工場が集中している小松市は、とても惨い事になって移送されても、完成させる作業も捗らないだろうと頭を抱えていたのに、驚く事に工場も、飛行場も、街も、周辺も、全く被害を受けていなかった。

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五式中戦車乙型二の製造工程の長と、九十九式高射砲を車載できるように改造しに大阪陸軍造兵廠から来た砲架技師で高岡市出身の大尉が言うには、
『日本国内でも僻地な北陸やさかい、アメリカさんは全然、興味が無かったんやろう。せいぜい、明治の中頃に富山から能登半島を廻とった、パーシヴァル・ローウェルさんの旅行記の記述と、がさつな地図ぐらいの情報しか持ってらんで、流刑地やとか、陸の孤島やとか、徳川さんの頃のままやとか、非常に辺鄙な戦略的に価値が無いと、考えとるんやわいね。以外と精密工業力が有るなんて、微塵にも知らんやろねぇ』
職工の親方達も、

『大東亜戦争の開戦前に見たんやけど、ほん時の舶来の日本地図には、若狭湾と富山湾と能登半島が描かれとって、富山と福井の街の場所と名前も書いてあんのに、どっこにも金沢は無いんやわ。金沢とか、小松なあんて、全然知らんがやわいね』
と、語尾が聞き取り難い早口の金沢弁で自分で見ていた舶来地図の表記の事実を語ってくれた。
案外、この辺りが真実だろう。
それに、神雷航空隊の飛行教官で、新兵訓練で北陸三県の上空を多く飛んでいる南方帰りの海軍少尉は、辺境の片田舎だと言わんばかりだった。
『二、三千メートルの上空から見ると、富山市や福井市と違って金沢市は林や森ばかりで、集落が少し纏まっているようにしか見えません。お城の周囲の市街地らしき処も、木々や畑が多くて道沿いに家が連なる宿場みたいに思えてしまう。だから、悲しいくらい、県庁所在地の街には全く見えないのです』
古都だからとか、次の新型爆弾の投下目標だとか、戦略的な価値有る産業目標が無いとか、此の頃は単に日本人を無差別に殺戮しているだけの焼夷弾の絨毯爆撃を繰り返しているのに、金沢市が全く爆撃されない理由を、いろいろ噂されていたが、実際、アメリカ軍が怠惰で金沢市や小松市に興味が無いのと、碌な情報も無かった所為で知らないだけだと思う。

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そんな辺鄙な田舎町のような金沢市だが、それでも攻撃目標にされないように、更に多くの植林と田畑化が市民総動員で急ピッチに行われていた。
それに加えて北隣の森本町と東金沢駅の中程から海辺と金沢駅の間を通り、西金沢駅と野々市町の中間辺りまで、半円を描く幅100mの帯状に目隠し用の植林が、市内と同様に官民総動員で行われて、公園の林程度にはなって来ていた。
見通しを悪くする目隠しとしては、樹高の高い常緑の針葉樹の森が理想的だが、成長させる時間は無く、
何処かの治山治水に影響の少ない山奥からの間引きするように樹高の低い木が抜かれて、牛馬で曳く修羅という大型の木橇で運搬されていた。
植え付けは人と馬の力のみと非力だが、植える樹木は生い茂る低木と街路樹並みの樹高の照葉常緑樹で、大人数で等間隔で一斉に植えられる様は樹海が広がるようで壮観だった。
市街地を流れる全ての用水は、暗渠の蓋が外されて道幅を狭くして敵の侵攻の障害とした。
また、通行障害を酷くする為に水量豊かに流される用水は、平野の水田を季節外れの水が満たして見渡す限りに湖のような景観にさせた。

庭木や街路樹も増やされて木立だらけになった金沢の市街地は、木々の間に上薬を塗られて太陽の光を眩しく反射する黒光りする瓦屋根が目立ち、眺めていると、まるで御伽話に語られる森の中の不思議な都のように思えて来る。
市街地に密集する黒光りの甍の波は、上空から見るとキラキラと漣が立つ大きな池に見えるのかも知れないと想像するだけで、迫り来る決戦の日も忘れて愉快で楽しい気分になってしまう。

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地上戦闘は、艦砲射撃が出来ない状況と航空機が飛べない天候の下なら、携帯火器の火力と数に勝るアメリカ軍でも南方の戦闘報告から、対歩兵戦は我が帝国陸軍の戦法で充分に対抗できる。

だが、圧倒的な破壊力の砲撃量を沈黙させる術と、厚い装甲で機動に優れた戦車を撃破出来る有効な兵器は無かった。
その集中砲撃と戦車群の突進に防衛線は次々と容易く突破されて、島嶼での戦闘よりも速い進撃をアメリカ軍に許している。

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小松製作所で完成された6輌の五式中戦車乙二は、1輌が富山県呉西地域の産業の中心で鋳造工業都市の高岡市の防衛に、新湊町から伏木町の海岸守備隊への派遣と、2輌が北陸三県の軍管区を統括する軍都の金沢市の防衛に鉄道移送され、3輌は小松飛行場と近辺の小松製作所の諸工場を機動防衛する為に、今江潟と柴山潟の間に在る飛行機置き場の外れに擬装した掩体壕に待機していた。

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自分が指揮を執る2輌の『チリオツニ』は、たぶん、金沢市内を流れる犀川の河口に在る漁港の金石の町と金沢駅近くの白銀町を、一直線に結ぶ金石街道沿いの北町と藤江町の間を通る植樹帯の中で待ち伏せをする事になるだろう。
アメリカ軍が軍都金沢を攻略する価値が有ると判断して、其の為の地域情報や地理情報を得るならば、海岸線の砂丘地帯から金沢市の市街地へ至る最短ルートが見通しの良い金石街道で、戦車などの重量車輌が問題無く通行できる道路も、道沿いに電車軌道が敷設された金石街道しかないと分かるはずだ。
金沢市北西の大きな内灘砂丘近くの粟ヶ崎町から金沢駅まで、浅野川の土手沿いにも電車軌道が敷設されていたが、周囲に湿地が多いのと、土手上の道も30tを越える重量車が連なっての走行に耐えられそうもないと思われた。

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石川県は、七尾港が在る七尾湾は、数回に渡って五百個ほどの機雷が投下され、何隻が激しく損傷している以外は、能登地方にも、加賀地方にも、1発の爆弾や焼夷弾が落とされていなかった。
手取川水系と大聖寺川水系で水力発電された豊富な電力で、各工場で複数の電気をフル稼動させ、居並ぶ大型水圧プレス機械と多数の工作機械の加工音の響きで工場が唸っていた。
繁華街には平時と変わらず商品が並べられ、市場も豊富とはいかないが、多くの生鮮食料品が売られて、飲食店も普段通りに営業している。
道行く人達の服装は、着物が四割、作業服と洋服が三割、国民服が二割、学生服が一割で、駅周辺の商店街や市場での軍服は少数しか見掛けなかったが、第九師団司令部と第七連隊司令部の在る金沢城跡と県庁と警察署が並んで市役所と向かい合う金沢市の官庁街では、陸軍の軍人が多く行き来していた。
それと、津田駒という大きな軍需企業と関係取引の工場群には陸軍と海軍の軍人が頻繁に出入りしていた。
海軍軍人は小松市の役所街や小松製作所に多く、関連する軍需工場や会社も海軍の軍人が出入りしていた。
そして、小松飛行場の周辺は実戦部隊の搭乗員や整備兵を主体とした海軍の兵隊ばかりだった。
家庭婦人は皆、着物かモンペ姿だったが、女学生達は半分くらいが制服のスカート、職業婦人達も多くがスカートを穿いていて、大東亜戦争開戦当時のようなモダンというか、華やかな雰囲気だった。
女性達が全員モンペ姿で勢揃いするのは、召集されて行う屋外の野良仕事や土方の人夫作業の時ぐらいだ。
髪型も帝都圏では贅沢だとか、敵性だとか、言われて避けられているパーマの女性も普通に歩いているのを、あちらこちらで見ていて、行き交う誰も彼もが気にも留めず、咎める者はいなかった。
低空で練習飛行をする海軍機と、大量に生産される兵器の部品の他は、大日本帝国が大きな被害を被っている戦争の非常時とは思えない平和な日常で、『此処は本当に日本なのか』と、心底驚いた。
勿論、戦時だから大勢の男子が出征していて、いなくなった彼らの会社や工場や役所での仕事を、家庭婦人会の人達と勤労動員された高学年の小学生から高等学校までの男女の全生徒が、引継ぎながら軍事教練に励んでいる。

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各家庭と各事業所に工場の敷地、公園と土手には防空壕や避難壕や援兵壕が掘られ、鉄道の引込み線は覆われる擬装網で隠していたし、苗を植えれそうな土地は何処でも田畑にされていた。
掲揚する国旗や軍旗に戦意高揚の横断幕などは最低限の少なさで、高空を敵機が通過する度に空襲警報のサイレンが鳴り響いて煙幕が覆ってくれたし、日没から夜明けまでは灯火管制で真っ暗になっている。
目に映るそれらも非日常性の緊迫感は無く、街や住人達の雰囲気は全くの平時の喧騒と感覚だった。
この地域の治安は良好だった。
憲兵隊は警察や特高から依頼が有っても、軍や軍関係以外には出動せず、反体制や反戦の厭戦意識を煽るアジ演説とビラ配りなどを実行する活動家は、直ぐに警察や特高が捕らえていたが、憶測や噂や誘導からの決め付けで不起の者を拘束する事は無かった。
というよりも、この時期、巷では市民が警察や特高の動きを警戒して監視しているように思えた。

切迫する戦局は、誰もが『なるようにしかならない』と自覚して淡々と日々を営ませる状態に、過度な取締りが逆に、大規模な反戦のサボタージュと国家転覆の破壊工作を行う過激な抵抗運動を誘発すると考え直した官警は、基本法規の遵守を優先させて国民の生活の安全と財産保護に徹するようになっていた。
そして、我々は理解して、察していた。

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いずれ、この越の国の北陸にも圧倒的な兵力の敵が上陸して来て淡々とした日常は終わり、いかに我々が勇猛果敢に抗い戦おうとも、敵の物量攻撃に山奥深くまで追い詰められて蹂躙されてしまい、鬼畜米英に抵抗し続ける限り、日本民族は根絶やしにされるだろうと、言葉や文字にしなくても誰もが思っていた。
一億玉砕という本土決戦での徹底抗戦が決定した以上、直に本州と九州の太平洋側にアメリカ軍は上陸して、身を挺して切り込む日本人達と死闘を繰り返しながら、内陸へと戦火を拡大して行き、年末までには、天皇陛下が東京の皇居から動座して大本営も移設すると聞かされていた、長野県埴科郡松代町の大規模地下壕へ迫るだろうと、個人的には考えていた。

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昭和20年9月20日。

昨日までの我が帝国陸海軍と傍受した連合軍の無線交信から得た情報から、歩兵中心の第7師団と宗谷海峡や津軽海峡を守備する要塞部隊しかいない北海道は、千島列島と樺太から南下して猿払、小清水、天塩の海岸へ上陸したソ連軍と、函館と苫小牧に上陸したアメリカ軍の急進撃によって、日高山脈を界に南北に分断占領されそうになっているらしい。
朝鮮半島も満州国を蹂躙したソ連軍の大群が停止する事無く攻め込んで、現在は大邸市の防衛線で激戦中だそうだ。
半島南端の釜山市や百済の地は、イギリス軍やアメリカ軍の上陸に備えているが風前の灯だ。
鹿児島県の西岸の吹上浜と東岸の志布志湾に上陸したアメリカ軍は吹上地区と串良地区に布陣して、我が軍の善戦しながら後退する三式中戦車を主力とした、第18、第37、第40、第43の各戦車連隊を次々と撃破していた。
そして、鹿児島市を包囲する形で合流し、更に日向灘の南部に上陸した連合軍とも合流して鹿児島県を九州の防衛圏から分断している。
九州南部を占領するコロネット作戦は、そこで一旦終了するはずだったが、朝鮮半島南部に迫るソ連軍の脅威に早められたコロネット作戦は、作戦計画の九州南部だけでは停止せずに続行され、阿蘇山の外輪山脈を越えて熊本から北方へアメリカ軍は進撃中で、既に九州と朝鮮半島の中間に在る対馬列島に上陸して守備隊と戦闘中のイギリス軍に任せ、ソ連軍が九州北端の玄界灘や響灘へ上陸する前に、九州北部と山陰地方へ速やかに進軍して占領させる計画だと、傍受した連合軍将兵へのラジオ放送で知った。
作戦機密に抵触するラジオ放送の内容の大胆さは、既に進軍状態がラジオ放送の発表内容以上に達成していて、充分に作戦計画の完遂を見通しからだと察せられた。
福岡、博多まで進軍されれば、朝鮮半島の南端に追い詰められているだろう日本軍には、最早、降伏か、玉砕か、の選択しか残されていない。
東北地方の太平洋側はアメリカ軍が、日本海側はイギリスを中心としたオーストラリア、ニュージーランド、カナダの軍が加わるイギリス連邦軍が上陸を始めて、水際撃滅を狙った我が軍の反撃は全て粉砕されていた。
我が本州防衛部隊は全戦線で壊滅状態になり、内陸へと後退戦闘中だ。
最早、留まって持久戦を行う恒久陣地を構築する時間と戦力の余裕は無かった。
ソ連軍を本州へ上陸させない為にイギリス連邦軍は既に佐渡島を占領し、更に新潟県西部の柏崎から糸魚川の海岸に上陸して長野県へ侵攻中だ。
県境の信濃川上流の群馬県水上方面へは殆ど無抵抗に進軍しているらしいが、上越から赤倉・黒姫の妙高方面へと糸魚川から白馬・大町方面へは、山峡に連なる峠で我が第12方面軍の戦車連隊と激しく交戦中だ。
鳥取県へアメリカ軍が上陸して橋頭堡を確保しただけで、山陽、四国、関西、紀伊、東海へは瀬戸内海と伊勢湾を無数の機雷で封鎖して上陸侵攻していない。
これで、年明けに松代の大本営が陥落して虜囚となった日本政府と天皇陛下が無条件降伏すれば、アメリカやイギリスなどの連合国は北海道南部と朝鮮半島南部を交換占領して、ソ連による日本の本州以南の共産化を阻むだろうと考えた。
生き残れたら、日本本土は津軽海峡で南北に分断統治される事を知るだろう。

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戦略的に殆ど価値が無い北陸の福井、石川、富山の三県へは、ソ連軍の上陸を防止するという理由だけで、2ヵ月以内にアメリカ軍の上陸攻撃が開始されるだろうと考えた。
断崖が続いて揚陸に適さない福井県の上陸作戦が可能な海岸は、若狭湾と石川県に近い三国の浜だが、若狭湾沿いは狭い平野と山地が迫る地形に加え、相次ぐB29爆撃機からの機雷投下で厳重封鎖されている。
福井市へ進軍し易い三国の浜から石川県へは、多い河川と県境の山地が速やかな進撃を妨げるだろう。
岸真際まで深くて海岸線全体が弧を描く富山湾は、殆どが砂浜で、大規模な肉迫上陸が短時間で可能だが、艦砲射撃で援護する戦艦群や兵員や物資を満載した輸送船は、湾全体から狙う撃ちされてしまうし、接近する空母群も能登半島から所在を把握されて、七尾湾に潜む特別攻撃艇や特殊潜航艇で攻撃され、いずれも多大な損害を被ると予想される。
となると、福井県との県境から中能登まで砂浜が長大に続く石川県の海岸は、最小限の損害で上陸が出来ると判断されるだろう。
ただ、遠浅の海岸は沖合で上陸舟艇が発進する事となり、我が軍の防御射撃を長時間浴びる事になるが、彼らは乗り上げた砂地の海底から離岸できるかなど、気にする事無く、上陸する兵士達を溺れさせない為にも、全速で可能な限り岸近くまで勇敢に突っ込んで来るだろう。
また、大型艦船は海岸に接近できないので、奥深い艦砲射撃は出来ない。

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昭和20年9月下旬の福井県の兵力は、第53師団の徴兵区とされていて、敦賀市に駐屯していた配下の歩兵第119連隊は第53師団に移籍して滋賀県の大津に移駐していたが、昭和19年にビルマ方面へ派遣されて、現在はビルマ南部のシッタン川の渡り場を守備中だそうだ。
鯖江市に駐屯していた第28師団所属の歩兵第36連隊は、昭和19年に満州国のチチハルに移駐し、更に沖縄県南大東島へ移駐しているらしい。
敦賀市に駐屯していた歩兵第19連帯も昭和15年に満州へ派遣された後、昭和19年7月に沖縄本島へ移駐し、更に昭和19年12月末に台湾へ移動していた。
したがって、昭和20年8月の福井県には嶺北・嶺南の両地方共、ほんの僅かな留守部隊と敦賀市と大野郡の捕虜収容所の監視兵以外に、郷土防衛をする陸軍部隊はいなかった。
富山市に駐屯していた第9師団所属の歩兵第35連隊は、昭和15年に満州に駐屯地を移した後、昭和19年7月に沖縄本島へ移駐し、更に昭和19年11月には台湾へ移動した。
金沢市の第9師団所属の歩兵第7連隊も昭和15年に満州に派遣された後、昭和19年7月に沖縄本島へ移駐し、更に昭和19年11月には台湾へ移動している。

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富山県と石川県も第9師団の台湾防備に移動した後は、帝国陸軍の戦闘部隊は皆無状態になっていて、北陸三県の防衛は、小松飛行場ほか北陸に点在する飛行場の海軍や陸軍の航空部隊と主要な港を警備する海軍陸戦隊と施設部隊に陸軍の船舶工兵、防空の任務を担当する僅かな陸軍高射砲部隊、駐屯施設に勤務する内勤部隊、後は、雑務を行う軍属と若年の勤労奉仕隊などが担うしかないが、小銃、拳銃、機関銃、手榴弾など、各自が携帯する武器が全く足りなくて、およそ九割の防衛隊員は包丁、手斧、竹槍からシャベル、ツルハシ、弓矢などの貧弱な武装を携えるしかなかった。
だが、予想される連合軍の北陸上陸に備えて、関西や瀬戸内方面から海軍の余剰兵器と弾薬が操作兵達と共に、続々と鉄道輸送で送り込まれて新たに造営された陣地に展開中だ。

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金沢市の北方に在る河北潟は石川県最大の大池で、高さ40~50mの大砂丘で日本海と隔てられている。
金沢市の市内北側を流れる浅野川は河北潟へ注ぎ、更に河北川で大野湊から日本海へ流れている。
其の河北川の河北潟近くの砂丘側に海軍の水上機基地と、南側に金沢飛行場が在ったが、殆ど使用されていなかった。

金沢市北側の河北潟や金沢飛行場の周辺は湿地帯で、葦原と蓮根畑や深田ばかりが広がり、チリオツニの重量に耐える道は、金沢市の卯辰山の横を流れて河北潟へ注ぐ浅野川の土手脇を走る民間鉄道の線路上しか無い。
金沢市正面の宮腰の漁村から大野の湊町までの金石砂丘の手前も深田の湿地帯で、通れるのは直線道路の金石街道と街道沿いに敷設されている電車の線路だけだった。
どちらの地区も、チリオツニと敵のM4戦車は行動を著しく制限されるだろう。

 

---後半と後編につづく。

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