遥乃陽 blog

創作と改造のプライベートな趣味の世界

遣りたい事がたくさん! いつもバイオリズムとモチベーション次第。

四月は君の嘘 Your Lie in April/その嘘は君を連れて来てくれました/宮園かをり(のぞみ札の製作)

『四月は君の嘘』の『その嘘は私の前に……、有馬公生君、君を連れて来てくれました』と、ピアニカで「ハトと少年」を奏でながら、遣って来た主人公をチラ見する宮園かをりをモチーフにした、3D絵馬/のぞみ札『その嘘は君を連れて来てくれました』です。

f:id:shannon-wakky:20160409054333j:plain

f:id:shannon-wakky:20160325215205j:plain

アニメ『四月は君の嘘』を観て、受けた深い感動に、宮園かをりをリスペクトします。

『花咲くいろは』とは、また違う感動が有りました。

『ソードアート・オンライン/アインクラッド』も別の感動が有り、以前にアスナをリスペクトしています。

f:id:shannon-wakky:20160325215238j:plain

f:id:shannon-wakky:20160325215308j:plain

死に至るストーリーは、悲哀の感情を移入されて涙を流させてくれますが、愛を別つ死自体をメインとするストーリーは、何度も見直す気持ちになれません。

f:id:shannon-wakky:20160325215400j:plain

f:id:shannon-wakky:20160325215412j:plain

しかし、アスナと宮園かをりは、生還したい強い想いと生き続けていたいと足掻く必死の姿が、カラフルな豊かさと爽やかな感動を与えてくれて、いつまでも見続けていたい想いにさせてくれます。

f:id:shannon-wakky:20160325215447j:plain

f:id:shannon-wakky:20160325215516j:plain

札のデザインは、インターネットでゲートした絵を札のサイズに合わせてトリミングし、足許は配した二羽のハトと、図柄の2Dギャップを整えながら3D化して、表情も横目に変更しました。

f:id:shannon-wakky:20160325215556j:plain

f:id:shannon-wakky:20160325215612j:plain

この『のぞみ札』は、粗い木目の札で、でこまで緻密に彫れて、どれだけらしくペイントできるか、のテストで製作したサンプルなので、願いの書き込みとサインは無いですし、奉納をするつもりも有りません。

ですが、祈りは込めています。

『四月は君の嘘』と『いちご同盟』のストーリーを想いながら、『全ての難病に悩み苦しむ方々が、幸せ豊かな生涯でありますように』と、願って製作していました。

f:id:shannon-wakky:20160325215635j:plain

f:id:shannon-wakky:20160325215731j:plain

f:id:shannon-wakky:20160325215832j:plain

サボイアS.21F『改』試作戦闘飛行艇 (決闘後に改修した機体)

二十代後半に観た『うる星やつら』の劇場版アニメ『ビューティフル・ドリーマー』で限りなく同心円に近い毎日に気付かされて疑問を持ち、三十代前半で観た『紅の豚』で年功序列の会社勤めから離脱を決意しました。

以後、今日まで業界のマイナー処をハンティングされながら移籍し続けて、現在十一社目です。

『ビューティフル・ドリーマー』を十八歳で観て、『紅の豚』を二十歳辺りに観ていれば、もっと早く世界へ挑戦して自分を試し、今以上のグローバルな経験と発想を得ていたと思うくらい、私にとっては人生のターニングポイントになったアニメでした。

『カッコイイとは、こういうことさ!』に感化されて魅了した赤い単発飛行艇は、ゼロ戦レッド的に粋でしたね。

f:id:shannon-wakky:20150907063026j:plain

f:id:shannon-wakky:20150907063006j:plain

f:id:shannon-wakky:20150907063016j:plain

カーチスとの決闘の半年くらい後の機体という勝手な設定です。

個人を否定する共産主義と生活と思想を統率しようとする社会主義を排除した、結束(ファッショ:日本的な解釈だと、毛利元就の三本の矢)の意味のファシスト党(実際は国粋主義者の集まり)が、全体主義や軍国主義の独裁体制を帯びて固有の否定を徹底し始めた1930年前後、アドリア海沿岸がファシズムに染まる中、ポルコ・ロッソは尚も頑なに自由奔放・放埓の日々を守るアウトローを貫こうとしていた。

f:id:shannon-wakky:20150907063107j:plain

f:id:shannon-wakky:20150907070458j:plain

高出力エンジンに換装されて機体を改修したサボイアS.21Fを、当時の先進的発想で更に改修してみました。

改造製作に使用したキットは、ファインモールドの1/48 サボイアS.21F試作戦闘飛行艇後期型です。

更なる改修といっても、プロペラを三枚にいしてエアインテークと冷却のスリットを増やし、エキゾーストパイプをバラけさせて、エンジンカウル後方に発生するトルネードを吹き飛ばすロケット効果を狙っただけです。

急旋回で雲を引くヴェーパーの翼端失速の発生を防ぐ為に、翼の前縁も翼端へ行くに従って下方への捻りを加えましたが、何か比較がないと写真では見分けが付かないですね。

これ以上は、機体の構造デザインが華奢なので無理でしょう。

三枚ペラにすると回転トルクでロールが強くなって、より左側が水面に張り付いちゃいますが、エルロン角度を調整するタブで離水させたフィオ・ピッコロですから何とかすると思います。

f:id:shannon-wakky:20150907063421j:plain

f:id:shannon-wakky:20150907063432j:plain

イタリアンレッド主体のカラーリングは、キナ臭いファシスト政権への時代の流れとはいえ、交誼が有るイタリア空軍からの攻撃を避ける為に、主翼上面にも幅を広げた三色の国籍マークを施しました。

また、フロートの下面色はワニスを刷毛塗りした木肌色から、当事既に普及していた樹脂塗料のラッカー系で、より衝撃に強くて防水と撥水に優れたタイプが開発されて、離着の水面離れと着水の滑らかさの為にスプレー塗装したという設定で、ホワイトにしてみました。

f:id:shannon-wakky:20150907064124j:plain

f:id:shannon-wakky:20150907064138j:plain

それにしても、この機体、前方視界が悪過ぎだ。

フロートの胴体の下方視界の遮りは、一般的な単座機と翼を支えるピラー以外は同じだとしても、上方は左右まで翼に因って塞がれています。

水平や下方は見渡せますが、前方斜め上方からは容易に接近を許し、激しく機位が移る巴戦では直ぐに相手機をロストして回り込まれてしまうでしょう。

(この最大の弱点は『飛行艇時代』第2話の2ページ最下段で、パイロットのマルコ・パゴット中尉自身が語られています)

『水が、へばりつきやがる』

と、彼が愚痴るくらい離水時の水面離れも難しいみたいです。

f:id:shannon-wakky:20150907063754j:plain

f:id:shannon-wakky:20150907063812j:plain

タイトな面積で何の捻りも無く更に0.5後退角を増やされた水平な主翼は、エルロンを少し大きくしないと機動旋回で失速して錐揉み墜落するんじゃないかな。

それにトップヘビーなエンジンと翼配置は、翼内と胴体内にピラーと接続するフレームを設けなければ、振動や風圧やGで空中分解しそうです。

こんなデリケートで過激な機体は、インスピレーションが多彩に有るポルコならではの扱いの左捻り込みなんですね。

若い自信家のカーチスなら、散々ブーたれて見事に着水するでしょうが、空賊連中は誰一人として離水できないでしょう。

エンジンがロールス・ロイス ケストレルやフォルゴーレに換装された機体は、カーチスとのイベント後に追加改修が必要と思われ、きっとフィオのセンスと性格なら弄っていますね。

f:id:shannon-wakky:20150907063511j:plainf:id:shannon-wakky:20150907063305j:plain

兎に角、機体は戦闘艇と呼べる代物じゃないです。

アニメは、正面から見て右回転するプロペラのモーメントで左翼が水面から離れない。

そして、左の捻り込みが得意技。

これは辻褄が合っているのか?

1/48キットのプロペラは、正面から見て左回転します。

前方の索敵が困難、翼端の失速、離水に時間が掛かる、機体の強度に不安など、戦闘飛行艇としては致命的な欠陥だらけですね。f:id:shannon-wakky:20150907063457j:plainf:id:shannon-wakky:20150907064335j:plain

垂直尾翼のエンブレムの『R』の横には、

『私は今もポルチェリーノのパートナーで、25歳になっても気が変わらないと思うわ。この「F」の青色はねぇ、明るく透明な空のスカイブルーとダルマチア諸島(スカファ諸島)の海のコバルトブルーを混ぜ合わせたのよ。そう、ときめきの大空と安らぎの海原の狭間を飛ぶ紅い戦闘飛行艇を優しく包むアドリア・ブルーなの』

と、フィオが少し小振りのアドリア・ブルーの『F』を寄り添うように描き込んでいる。

ポルチェリーノとは、ピッコロ社で曲面板金加工をする御婆ちゃん達が、ポルコをそう呼んでますね。

意味は子豚なので、親しげに『私の可愛い子豚ちゃん』って感じに言ってます。

初期ストーリーでは、ポルコの名がポルチェリーノでした。

ポルコにラブなフィオも、呼び掛けがポルコから愛しさと敬いを込めてポルチェリーノと変わるのは自然でしょう。

f:id:shannon-wakky:20150907064422j:plain

f:id:shannon-wakky:20150907064439j:plain

ポルコの豚の容姿はマルコにとって、ペルソナのような素顔隠しなのでしょうか?

人間に戻っても、同じ信条と素行で生きて行くのでしょうか?

ポルコに恋をしたフィオは、人間に戻って欲しいと願っていますから、マルコを豚の時と変わらずに……、いや、それ以上に愛してくれると思います。

上空の空中戦を見守っているフィオは、

「あの野郎、最後まで撃たねぇつもりなんだ」

「豚は殺しはやらねぇんだ」

「そこだ! 撃て! あっ、やっぱり撃たねぇ」

「相手がヨレておとなしくなってから、エンジンに2、3発当ててケリをつける気なんだよ」

「戦争じゃねぇとか何とか、キザでイヤな野郎だぜ!」

と、マンマユートのボスが言い続けるのを聞いて、

『ずーっと高いところを不思議な雲がひとすじ流れている』の話をするポルコの気持ちに想いを馳せつつ、『ポルコなら大丈夫』と、微塵も不安を抱かなかったのでしょうか?

それとも、万に一つになってもポルコはローストポークにならなくて、機体の白帯にキューピットの矢で射抜かれたハートマークを描き込んで来るカーチスは、『きっと優しくて、私を大切にしてくれるわ』って諦めも過ぎっているのでしょうか?

ポルコの負けのリスクをグンと高める拘りは、借金を抱えたまま、専属になるだろう大事なメカニックで想いを寄せてくれる大切なパートナーの女性を失う重大な過失要因になるのです。

取り返しがつかないし、アラバマは遠いし、ファーストレディになったら簡単に会えないだろうなぁ。

カーチスはポルコのような配慮をしていないようなので、そこんところは、やはり、心を鬼にしてトリガー引いて貰いたいですね。

f:id:shannon-wakky:20150907063830j:plainf:id:shannon-wakky:20150907063856j:plain

フィオといえば、あの1920年代の製図にアーム式のドラフターは有ったのかな?

梯子形平行アーム式やリートフェルトの平行定規が最新で、カウンターウエイト仕様などのアーム式ドラフターが使われるのは1935年頃からのようですが、誰かがアメリカやヨーロッパの何処かで試作的なのを作り、それをフォオが見ていて、ミラノの工房で作らせたのかも知れませんね。

まだ高価なケント紙は町工場で余り使っていなくて、図面はトレース紙に鉛筆で描いたままか、カラス口で墨入れしてから青焼きの青地に黄色線、又はシロ焼きの黄ばんだ地に紺色の線でした。

(安価で、汚れに強く、掠れ難い:別名 青写真)

でも、漫画も、アニメも、架空のレトロ時代に架空のテクノロージーのファンタジーなので、それらしければ、何でも有りかもです。

f:id:shannon-wakky:20150907064106j:plain

もし、マルコ達がデュマの三銃士を読んでいれば、『一人は皆の為に、皆は一人の為に』の利害が少ない閉鎖的で平等な小組織でしか通用しないスローガンの元となったと思われるダルタニャンの『Tous pour un, un pour tous』の言葉は、写真に写るマドンナのジーナを囲む男達四人の仲間にとって、『俺達は一つ、一人、一人が俺達だ』の結束の意味だった事でしょう。

アンドレッチ・ベルネルディ(ベルリーニ?)、アントニオ・モーディカ、マリオ・ブリニョーリ、マルコ・パゴットの四人(ネームは写真の本人達からと思われるサインから)は常日頃から協力し合い、ジーナへの抜け駆けは無し、結婚相手はジーナが選んだ奴で、祝福して彼女の幸せを支え続けるはずだったのに、戦争、経済の混乱と荒廃、慢性的不況、ナショナリズムにファッショと激動する世界に、ジーナと結婚した三人の仲間を失った。

大好きな女性が幸せになれない現実と、幸せに出来ず、そして幸せから逃げる自分を認めるように彼は豚のポルコ・ロッソになってしまった。

カーチスとの決闘後は、『人間に戻ってもまたすぐに豚に戻り、十日くらい経つと飯を食いにジーナの前に現れる』と巷で語られているようですが、フィオに

「私、ポルコを信じてる」

と言われて唇にキスもされ、カーチスの

ジーナはテメエに惚れてんだ。彼女はオメエが来るのをなあ、ずーっと庭で待ってんだぞ!

の言葉で、ジーナの

私がこの庭にいるとき、その人が訪ねてきたら、今度こそ愛そうって決めてるの」

という気持ちを知ったのに、また豚顔になるなんて、それじゃあ、はにかんで素直になれない普通のガキと同じじゃん。

そりゃあ、サゲとか、ブラザーズとか、ヒイたり、メゲたりするところもあるけれど、子供の頃から好きで今も愛してるのだから、もっと大人の対応をして欲しいですね。

私的には豚顔に戻れないと思ってます。

f:id:shannon-wakky:20150907064609j:plainf:id:shannon-wakky:20150907064520j:plain

PS:

『紅の豚』と『風立ちぬ』はリズムや発するモノが似ていそうですが、もう全然違います!

人生への情熱が攻めから退くの、パッションとノスタルジーの違いですね。

アメリカで飛行機設計を学んで自分のインスピレーションとセンスに自信を持ち、兵器の戦闘飛行艇だと自覚して高性能を追求する線を描く17歳のフィオは、帝大卒で夢追い人の二郎より自我を確立した大人なんだろうな。

ポルチェリーノのような拘泥と執着の無い私は、ポルコ・ロッソよりもカーチスっぽいマーセナリーでフォーチュンな生き様になってます。

f:id:shannon-wakky:20150907064837j:plain

f:id:shannon-wakky:20150907070458j:plain

北イタリアへは、学校を一週間も休ませた十四歳の娘と一緒に冬のオフシーズンに行って来ました。

ベネチアが在るアドリア海へは行かなくて、その海水には触れていないのですが、ナポリ港やローマからパリへ飛ぶ飛行機から見た冬の地中海は青灰色の海原が柔らかそうで、優しげな感じがしました。

いつかまたイタリアへ行き、アドリア海沿岸、コモ湖の奥、リベリア海岸、ミラノとジェノバの下町、ナポリの坂とポンペイ遺跡の奥、フェレンツェのドーモの天辺、丘上の町々などを、いつかの夏にマウンテンバイクか、オートバイで巡りたいと思っています。

f:id:shannon-wakky:20150907064319j:plain

f:id:shannon-wakky:20150907064301j:plain

のぞみ札三体の奉納 (湯涌稲荷神社)

一時帰国中の八月十六日に、『深く優しく朝の光を受けて』『夏祭り』『小さな女の子の神様Ⅱ』の三体の『のぞみ札』を湯涌稲荷神社へ奉納して御参りをしました。

境内の『のぞみ札』掛けには既に多くの『のぞみ札』の願いが奉納されていて、衰えを感じさせない『花咲くいろは』と『ぼんぼり祭り』に、嬉しさと安堵を覚えました。

f:id:shannon-wakky:20150821210352j:plain

家族の健康、円満な家庭、仕事の成就、湯涌温泉の繁栄、湯涌ぼんぼり祭りの末永い開催、などを祈願した後は、湯涌温泉バス停前の貴船商店さんで展示されています。

これで、店内に展示されている私の『のぞみ札』は七体になりました。

f:id:shannon-wakky:20150821210534j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821210619j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821210637j:plain

同日に協賛ぼんぼりの参加を申し込んだのですが、既に空きは無くて、残念でした。

来年は一時帰国を七月下旬して、協賛ぼんぼりを点灯できるように御願いしたいです。

f:id:shannon-wakky:20150821210831j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821211005j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821211447j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821211031j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821211043j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821211053j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821211120j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821211132j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821211157j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821211208j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821211248j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821211304j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821211318j:plain

f:id:shannon-wakky:20150821211336j:plain

のぞみ札『小さな女の子の神様Ⅱ 旅立ち』の製作

以前、二作目で立体に彫り込んだ『小さな女の子の神様』と同じ図柄ののぞみ札です。

前作は背景の階段を明るい配色にし過ぎていまい、夜に旅立つ神事の雰囲気になっていませんでした。

それで『Ⅱ』は、ぼんぼりの灯りの照らしと影を強調した色合いにしてみました。

彫り込みは正面顔ですから、鼻を3D化する高さを得る為に透かしになりそうなくらい階段部分を薄くしています。

ですが、欠けそうになるのを騙しながら彫り上げた小さな鼻は、とても可愛いとは言えません。

f:id:shannon-wakky:20150813073346j:plain

f:id:shannon-wakky:20150813073403j:plain

パソコン画面の画像とプリントした原画の色調が違うのも、難題でした。

画像ではコントラストがはっきりしている地色なのに、プリントは赤っぽい夕焼け色に全体がなってしまいます。

かなり画像の色調をかえた別画像で何度か試しても、望む色合いでプリントされないので、結局、パソコン画像で色合わせをしていましたが、何となくイメージと違うような気がします。

f:id:shannon-wakky:20150813073448j:plain

f:id:shannon-wakky:20150813073458j:plain

f:id:shannon-wakky:20150813073506j:plain

図柄は、神無月のぼんぼり祭りの夜に人の姿に窶した湯涌稲荷神社の狐神様達に送られて、出雲大社へ一時帰国する祭神の小さな女の子の神様で、作中のシーンを模しています。

五穀豊穣と生業繁盛を請うて湯涌の地に祀られる湯涌稲荷神社へ、神無月に八百万の神が集う故の縁結びの出雲大社から、『小さな女の子の神様』が降臨されて勧請(かんじょう)したのは、アニメ『花咲くいろは』の最終話故。

豊穣の稲荷神を祀る恩恵の地に、幸せの女神様降臨!

こうして湯涌の地は、生業を栄えさせ、愛を生み、幸せを育む湯の町に成りました。

以後、合祀された『小さな女の子の神様』が神無月の出雲大社へ向かう日に、湯涌ぼんぼり祭りは開催されています。

f:id:shannon-wakky:20150813073534j:plain

f:id:shannon-wakky:20150813073542j:plain

十月は神無月ですが、八百万の神々が出雲に集うだけで、社の地に神が不在になる訳では有りません。

分霊のように、神は世界中のどこにでも居るのです。

人間感覚に例えれば、神無月は八百万の神が出雲へ傾注したり、分身を出向させてリアルタイムでコミュニケーションしているような感じでしょう。

神無月は神の月ともされ、八百万の神の意が集う出雲の神在月は、大社で御縁尽くしの五百五十五円の御賽銭を入れて二拝四拍手一拝の御参りをすれば、八百万の神々が聞いていてくれそうです。

でも、住所氏名を言っても願いを聞き入れてくれるかは、別の話。

ぼんぼり祭りでの『小さな女の子の神様』は、御祭りを守護しながら分身の旅立ちを見送り、そして、全てののぞみ札の願いの中から叶える願いを選んでいると思います。

f:id:shannon-wakky:20150813073609j:plain

f:id:shannon-wakky:20150813073621j:plain

神様の合祀(ごうし)と分霊(わけみたま)について:

神道の合祀とは、一つの神社に二柱以上の祭神を祀る事で、それは別の神社から移して遷座させる神様や勧請や分霊と言われる分割した神様を、受け入れ先の神社の神様と一緒に祭神として合わせて祀る事です。

本社の神様の神霊は無限に分ける事ができ、分霊しても元の神霊は全く影響が無く、勧請した分霊も本社と同じ働きを行います。

f:id:shannon-wakky:20150813073650j:plain

f:id:shannon-wakky:20150813073702j:plain

f:id:shannon-wakky:20150813073716j:plain

のぞみ札「夏祭り」の製作

真夏の昼下がり、福神橋の袂を駆け抜ける浴衣姿の菜子をイメージしてみました。

タイトルロゴは花いろのコミックから、ポーズは謎カノからです。

のぞみ札背景の左側へ橋を渡れば、古民家を移築した江戸村や花いろ作中の『ふくや』のモデルとなった秀峰閣など、四軒の御宿が在ります。

朝市が催される『みどりの里』エリアもこちらです。

以前、江戸村は現在は芝生広場となった白雲楼ホテル前の坂を上ったところに在って、建物はそこから移築されています。

現在、旧江戸村跡地の殆どが草木に覆われて、残っているのは戸室石の石垣ぐらいです。

面積も記憶していた広さよりも狭い感じでした。

建物の数が旧江戸村よりも少ない気がしますが、全て移築されているのかな?

f:id:shannon-wakky:20150810211250j:plain

f:id:shannon-wakky:20150810211316j:plain

f:id:shannon-wakky:20150810211327j:plain

のぞみ札背景の右手は、のぞみ札の御焚き上げで炎が昇る玉泉湖へ至る商店街で、五軒の御宿と総湯『白鷺の湯』が建ち並びます。

湯涌稲荷神社、夢二館、氷室小屋もこちらで、湯乃鷺温泉街にある旅館『喜翆荘』は、右手側の丘の上に在る設定となっていて、芝生広場の場所になります。

f:id:shannon-wakky:20150810211433j:plain

f:id:shannon-wakky:20150810211445j:plain

湯涌温泉の夏のイベントは、初夏の氷室開き、海の日にはぼんぼり点灯式が催されて、……他に浴衣を着てはしゃぐような夏祭りが有ったかな?

兎に角、暑い夏は氷室饅頭を食べて、温泉でさっぱり汗を流して、元気に過ごしましょう。

f:id:shannon-wakky:20150810211553j:plain

f:id:shannon-wakky:20150810211628j:plain

f:id:shannon-wakky:20150810211729j:plain

f:id:shannon-wakky:20150810211751j:plain

f:id:shannon-wakky:20150810211803j:plain

f:id:shannon-wakky:20150810211819j:plain

のぞみ札「深く優しく朝の光を受けて」の製作

オープニングで仕事着の身支度をしながら朝陽の螺旋階段を急ぎ下りる緒花のイメージにしました。

仕事着は二部式の仲居服ではなくて、第六話、第十六話、第十九話で登場した大正浪漫溢れるミルクカフェの女給コスプレです。

あちらこちらの関連画像を切り張りして作った原図の絵的に足りない部分は、『たぶん、こんな感じ』と立体形状を想像して彫り込みました。

彫り込みを終えてホワイトのサーフェスまでスプレーしたのが、昨年の十月初め。

風邪に、帯状疱疹に、出張、一時帰国に旅行と続いて制作意欲が失せてしまい、着色を完了するまでに九ヶ月も費やしてしまいました。

f:id:shannon-wakky:20150801063015j:plain

色を付けたいのに、できないというジレンマのプレッシャーと、バイオリズムが絡むスランプでした。

生活のジャンル毎に二、三年周期で来るスランプなので、モチベーションがアップするまで毎日アニメを観て遣り過ごします。

それでも、配色と着色のイメージが湧かず、塗料瓶と面相筆に触れられない指先を、E-100超重戦車Ⅱと零戦52型丙改のプラモ作りで慣らして、やっと製作の再開ができた次第です。

帰寮後は部屋で風呂に入ってリフレッシュしてから晩飯を自炊し、その後は彫り込みとスプレー掛けなどの雑把な作業を1時間ほど行い、そしてベッドでアニメを観ながら寝てしまいます。

色付けは朝風呂に浸かってから迎えの車が来る午前七時までします。

朝に筆塗りをするのは、疲れ目での作業を避けるのと明るい自然光を得る為で、夜の室内の蛍光灯やLEDの光では暗めの配色になり易いですね。

f:id:shannon-wakky:20150801063101j:plain

f:id:shannon-wakky:20150801063122j:plain

『毎日を元気にぼんぼれて、しっかり稼げますように!』

食生活と健康をちゃんと自己管理して、精密(正確で丁寧で緻密)な仕事で稼ぎますように!です。

f:id:shannon-wakky:20150801063203j:plain

のぞみ札自体が痛絵馬ですが、更に手彫り、手塗りの立体絵馬にして強く痛く願いを込めます。

『深く優しく朝の光を受けて』は、八月中旬の一時帰国で湯涌稲荷神社へ一旦奉納したのち、湯涌バス停前の貴船商店さんに飾られます。

f:id:shannon-wakky:20150801063235j:plain

f:id:shannon-wakky:20150801063250j:plain

五年連続に開催される今年の『湯涌ぼんぼり祭り』の日程です。

 

第五回湯涌ぼんぼり祭り

「ぼんぼり祭り本祭」は、十月十日(土)

 

もう過ぎてしまいましたが「ぼんぼり点灯式」は、七月二十日(月/海の日)でした。

 

アニメ発祥の小さな女の子の神様の神事が末永く続くように、心から願っています。

f:id:shannon-wakky:20150801063358j:plain

f:id:shannon-wakky:20150801063419j:plain

f:id:shannon-wakky:20150801063528j:plain

f:id:shannon-wakky:20150801063543j:plain

f:id:shannon-wakky:20150801063557j:plain

f:id:shannon-wakky:20150801063610j:plain

f:id:shannon-wakky:20150801063629j:plain

ゼロ戦のバブルキャノピー(多い窓枠と平板ガラスを省いてみた)

幼い私が貸し本屋の漫画で初めて見たゼロ戦は、機体全体のフォルムを長くて大きなキャノピーが纏めていて、とても洗練された優しいデザインが美しくて可愛いと感じてしまいました。

その柔らかく丸みを帯びた日本的な機能美が素晴らしく、ゼロ戦の画像や模型を見る度にチョイブスの九六式艦戦から、どんな感性のイメージで十二式艦戦の芯の強いたおやかな美人形に至ったのかと考えてしまいます。

零式艦戦のビューティーポイントはキャノピーに有ります。

機体は理論と経験値から導かれて機能的で優美なデザインに至りますが、大きくても整流されて後方に渦を巻かない空気抵抗の少なさはアバンギャルドでイノベーションです。

P51Dや現在のジェット戦闘機のバブルキャノピーに匹敵する全周視界を確保した大きさの優れたデザインを十二式艦戦で開発したのは、なんて先進的で素晴らしい事でしょう。

f:id:shannon-wakky:20150720235158j:plain

f:id:shannon-wakky:20150720235237j:plain

それにしても、どうして其の閃きに至ったのか考えてしまいます。

ゼロ戦のキャノピーの高さと後方に伸びる大きさには、堀越技師の個人的な拘りが有ったのだろうか?

先に設計した九六式艦戦はオープンの風防だけど、座席に座った時の高さや前の広さはゼロ戦と同じくらいだったのだろうか?

その広さが開放感を好む粋な海軍パイロットに評判が良くて、後方視界の悪さを改善させ、閉じても開放的な広がりを感じさせるゼロ戦のキャノピーのサイズになったのだろうか?

積み重ねて来た設計経験の延長線上のセンスだったのだろうか?

などと、各方面の要求事項の優先度を摺り合わせた結果で、決して設計者個人の事情が主張されたのではなく、寧ろ片隅へ退けられたのだろうと考えてしまいます。

f:id:shannon-wakky:20150720235351j:plain

f:id:shannon-wakky:20150720235420j:plain

このキャノピーを構成するガラス板と枠の多さは終戦まで、なぜ簡略化の改善をされなかったのでしょう?

省いた枠材の二つ分で、一つのキャノピー枠を製作できるのに。

1943年~1945年当時の日本の硝子製造技術で、半強化ガラスと有機ガラスの積層は可能だったと考えられますが、戦争末期の物資不足が逼迫する状況に最期まで、なぜ、多工程で多数の枠と平面ガラスで製作するキャノピーを3部構成の曲面積層ガラスに変更しなかったのでしょう?

自動車のフロントガラスの両脇を支えるピラーでも、横断歩道を渡る人や真横に並ぶ二輪車の発見の遅れや見失ってしまう邪魔な視界の遮りなのに、鳥籠のような枠の多さは気にならなかったのでしょうか?

f:id:shannon-wakky:20150720235513j:plain

f:id:shannon-wakky:20150720235537j:plain

そんな疑問から、ハセガワ1/48零戦52型丙のキャノピーを三分割した曲面ガラス構成にしてみました。

設定は昭和二十年六月下旬の小松基地で出撃を明日に控えた神雷隊の護衛機です。

曲面一体成形の有機ガラスは、旭硝子と藤倉工業の技術協力で小松製作所小松工場にて製造され、風防枠は小松市の大領中町に在る彩雲を製造していた小松航空機製作所が製作を行い、共に飛行場から鉄道の引き込み線が在る小松製作所粟津工場へフラットな木製床の長物貨車で運ばれて組み立てられました。

粟津工場では電気炉でアルミ合金の部材を鋳造までして補強した機首の構造枠へ、主翼から外した二門の13mm機銃を52型乙より10cmも前置きで組み込んだ改造を52型丙に行っていて、その改造機体に試作した新キャノピーが取り付けられました。

機首の二門の13mm機銃装備は、搭乗者の嘆願から基地司令が許可して1機のみ改造されました。

機銃は海軍の三式13mm機銃より陸軍のホ103 12.7mm固定機関砲が短くて軽いのだけど、弾薬も工具も規格が違って使えないという愚の骨頂の極みです。

という架空の設定ですが、これくらいの改造をする余裕も無くて生産工程を短縮できなかった大戦末期の精神主義が暴走する日本が哀憐で残念至極です。

昭和二十年へ戦争を継続させた責任者達を許せないですね。

f:id:shannon-wakky:20150720235737j:plain

f:id:shannon-wakky:20150720235653j:plain

f:id:shannon-wakky:20150720235621j:plain

f:id:shannon-wakky:20150721000813j:plain

f:id:shannon-wakky:20150721000832j:plain

キャノピーの多い枠を省いて機首に二門の13mm機銃を搭載した、実際には無いタイプです。

ハセガワの1/48零戦52型丙のキットを改造しましたから、52型丙改になるのでしょうか。

排気管口や銃口は孔を開け、キャノピーの枠は削り落としてから透明になるまで磨きました。

f:id:shannon-wakky:20150720235844j:plain

f:id:shannon-wakky:20150720235904j:plain

f:id:shannon-wakky:20150721000413j:plain

f:id:shannon-wakky:20150721000517j:plain

一部のデカールを除いて殆どが手塗りで、日の丸は陸軍の防空隊のようにしてみました。

枠省きも、鉢巻日の丸も、思っていたより違和感が無いです。

f:id:shannon-wakky:20150720235751j:plain

f:id:shannon-wakky:20150721000310j:plain

雷電は曲面ガラスを景色が歪むと指摘されて、平面ガラスに変更改修したと資料で読みましたが、工数や部品数を少なくして単純化する製造プロセスで、より多くを量産しなければならない戦況に、優先した平面ガラス構成で増えた枠は量産性を低下させ、戦闘時の視界を妨げる死角にならなかったのだろうか?

この曲面ガラスの何処が歪んで、対象物が大きく? 小さく? 長く? 短く? 霞み? 変形して見えるのだろうか?

夜間飛行で計器盤の仄かな灯りが曲面に反射して、追跡してくる大きな火の玉にでも目えるのだろうか?

それとも、見慣れないだけや、閉じ込められ感が違うみたいな違和感を嫌ったのでしょうか?

曲面化されたガラスで視界が部分的に歪む対象形状の不確かさより、「其処に何かいる」「其処から何か来る」の認識の方が重要で優先されるべきではないのだろうか?

などなど、それら故に敗戦が切迫する戦争末期でも省エネ化しなかったのは納得できないですね。

f:id:shannon-wakky:20150721000708j:plain

PS:

堀越技師によれば、九六式艦戦をゼロ戦よりも快心の作であったと言ったそうですが、その言葉が戦後に語られたのなら、信用できないですね。

戦後にゼロ戦を「好きではなかった」と、どのようなニュアンスで語ったのか分かりませんが、私が『丸』を読み始めた小学生高学年から『軍事研究』も読み出した高校生の頃は、青春期の男女が安保闘争とグループサウンズに熱狂していても、敗戦と侵略の国家イメージと圧し付けられたアメリカン民主主義に、日本の勝利で完結する大戦中の物語を公けに作れなかった時勢で、現在に至っても占領から完全独立を果たしていない日本では、戦犯機に等しいゼロ戦らの大戦機を開発者自らが讃える事を避けていると思います。

そして、いつの時代でも開発エンジニアなら当然、競合相手の技術を凌駕して世界に先駆けたモノを作りたいと考えます。

魁けるモノは必然的にデザインが洗練され、シンプル・イズ・ベストになり、高性能を秘めた美しさを醸し出します。

あの時代、帝大航空学科を卒業して三菱内燃機製造株式会社に入社すれば、軍用機以外の設計開発は有り得ず、他国機を圧倒して華々しく活躍する機体を作りたいと考え、自覚を持って兵器の開発に熱中していたでしょう。

国情が切迫して来れば、尚更、自分の設計に回天を求めていたでしょう。

それは、研究・開発のエンジニアなら当たり前の事です。

それが彼が求めた美しさで、時の日本が得た必然のエンジニアだったと思います。

それと、先鋭エンジニアの理論的技術思考と、原作小説の夢想の果ての悲哀な主人公と、人生が終われば世界も消滅するみたいな己の負の美意識をゴチャ雑ぜにしたアニメ『風立ちぬ』。

f:id:shannon-wakky:20160506223603j:plain

「風立ちぬ、いざ生きめやも」、フランス語の原文は「Le vent se lève, il faut tenter de vivre.」、普通に翻訳すると、「(必ず)風は起きます(から)、生きようとする事(気持ち)が必要です」なのを、何故に理解し難い意味深な日本語にして用いるのだろう?

現在に於いては、勿体振りでオーディエンスを愚弄しているとしか思えない。

そんな纏まりの無い不自然さは、一人称で『私』にすべきところを、あからさまに『堀越二郎』にしたところに有りますね。

その意図は、美しい飛行機が戦争の兵器として産まれ、発展しているのを嘆いているのでしょうが、実に締りが無いです。

ですから、夢で会いましょうのカプローニさんもいただけない。

夢の御告げのようなカプローニさんがいなければ、田舎の屋根の上から飛び立つ妄想が進化しないと言わんばかりです。

前衛的なカプローニさんを、あのようなイメージにして欲しくなかったです。

荘重な三葉翼や複数発動機と美しい旅客機の構想は、寧ろ本庄技師に相応しいのであって、堀越技師の頂を低くなだらかにしてしまっています。

「風立ちぬ」では「Ca-64」のみの登場で良かったと思いますね。

それと、エンジニアを、いくら故人の関係者から許可を得て望まれたからといって、病床に臥せる愛する女性の真横で手を握りながら煙草を吹かすような気遣いも、察しも無い、無神経な人達のように描く事も、語る事もしないで欲しいですし、女性に外見と性格の美しさだけを求める人種にも、しないで貰いたいですね。

愛煙家に対しても、我の強い非情なイメージを与えてしまう侮辱だな。

あの喫煙シーンの多さは、明らかに禁煙へのアンチテーゼでしょうが、余りにも稚拙で短絡的ですね。

煙草を吸う夫に手を握られた瞬間、病魔に侵され毀れてしまう自分を看取られる安らぎよりも、毀れる醜さを避けられる不安の方が大きいと悟っちゃうでしょう。

まったく、理論と経験とセンスに基づいたエンジニアの頑固さを、個人の趣向や主義の頑固さと一緒にしないで貰いたいものです。

f:id:shannon-wakky:20150720234957j:plain

アニメは大好きで、よく何度も観直す事をしていますが、「風立ちぬ」は観直す度に溜め息が出て劣化して行く気がします。

夢も希望も、恋愛も、仕事も、生活も、主義主張も、時代の写しも、成長も、自然な美しさも、全てが中途半端でレクリエムにもなっていないです。

観終わると、いつも救われない感が増してしまいます。

それは『永遠の0』のムービーも同じです。

f:id:shannon-wakky:20150720234801j:plain

寮部屋の机上が撮影ステージです。

A4のコピー用紙を敷き詰めて照明を当てただけの簡易スタジオで、プラモやのぞみ札の製作やレポートにネットも、この机を使っています。

レフ板は面倒なので、代りに白手袋と白いシャツを着けて撮ってます。

f:id:shannon-wakky:20150720234831j:plain

ずぅーと以前、高校1年の時に初めて迷彩塗装までして完成に至れた フジミ1/48フォッケウルフFw190 Aタイプです。

ニューアイテムのピースコンを散々苦労して使いこなしてました。

f:id:shannon-wakky:20151120233107j:plain

こちらは二作目の飛行機モデル、19歳の夏に作ったレベル1/28フォッカーDr.1三葉戦闘機 リヒトホーヘン男爵乗機です。

あれから航空機のモデルはブランク続きで、B17、B24、B29とモーターライズ仕掛けては挫折していましたから、このバブルキャノピーのゼロ戦で三つ目の完成になります。